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最初に入社した会社の望郷②

どうも 気ままな店主です。
今回も、前回に引き続き 東洋通信機時代のお話を・・・
バブルという言葉がまだ 懐かしくない年のこと
まだ食堂が古くて おいしくなかったのを覚えております。
店主は、基本社食は利用せずに 外の中華屋に行くことが多かったです。
大病してからは 弁当持ちとなりました。

この社食は、数年後リニューアルされて メニューも変わりましたが
古巣のご老体の社員から昔ながらの和食にできないのか!って狼煙があがり
脂っこい定食が減り ヘルシーメニューが登場しました。

一時期工場には、相当な数の社員がいたから それなにり満席でしたね。

店主は、関係なかったですけど

会社の傾きに応じて 利用者も減っていき(リストラや工場内の部署が他の工場へ)
ついには、お昼でも簡単に座れるようになったのです

会社は、なんと新たな事業として 食堂から出る残飯を利用した ゴミ処理機を開発しておりました。
そして 実験を食堂の後ろでしていたときです。

煙が!!!! そう 処理機が燃えたのです!

堆肥作ってないで 堆肥しろ! って放送が流れていたのを思い出します。

設計の問題かと思えば、入れては駄目な 油かすやぬれた野菜が原因だったようです。

当然 開発は中止されました。

だめな時はとことん駄目ですねって知ることになりました。

では また

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